すっぽんタピオカ饅頭は店で人気の看板料理のひとつ。今回の道場旬皿が撮影された1月のお店の献立にも入っていて、下ごしらえなどが全て済んでいる状態で調理がスタート。まずは敷き皿が気になっている様子です。
いろいろな敷き皿を用意させて、最後は銀と黒の盆を手に持って見比べて・・・黒にすることにしました。
空の御椀を手にとって、黒の盆に蓋と合わせておいて、しばし眺めながらイメージの中で仕上がりのチェックをしています。
「おい芽葱。」と言うといつものように若い衆がさっと手渡します。穂先を丁寧にそろえながら少し目を細めてみたり。
この日下ごしらえが全て済んでいたので、すっぽんの出汁をとる様子は以前「懐食みちば」で撮影した写真でご紹介したいと思います。
道場の店では一般的なすっぽんの出汁と比べて、倍近い量のすっぽんを使います。道場の店は月ごとに献立が変わりますが、すっぽん料理を提供している月は週に何度も大量のすっぽんをさばいているので、いつも鮮度の高いすっぽん料理を楽しませてくれます。
道場のすっぽん料理といえば、実はまんが「美味しんぼ」の46集にすっぽん料理の名人として登場したことがあります。今も親交の深い岸朝子さんが「ろくさん亭」を紹介するという設定のストーリーです。実際、以前はすっぽん料理もいくつか献立にあったそうですが、今ではこのすっぽんタピオカ饅頭やすっぽん雑炊などいくつかの料理に絞って出されているようです。そういう意味ではこのすっぽんタピオカ饅頭は伝説の道場流すっぽんの味を実際に食することができるうれしい料理のひとつですね。
はじめは低い温度の湯にしばらく浸して皮を剥いて・・・すっぽんはその身のほとんどを使います。「食材を成仏させる」といういつものあの言葉が思い浮かびます。
いよいよ酒や生姜、葱などと一緒に炊いていきます。いい色といい香りに煮上がったところです。出汁はきれいに透き通って、適度な脂が表面でキラキラしています。
時間をかけて手間をかけて作られる出汁は濃厚で臭みもなく、コラーゲンたっぷり。ランチもお出ししている「懐食みちば」では女性の方にも人気が高いそうです。
ざるにあけて、身と出汁を分けます。この後、身は丁寧に手でほぐされ残った小骨も手探りで少しずつ確認しながら、大変な手間をかけて取り除かれます。「お客さんに出すものですから小さい骨でも口に残ったりしないよう端から徹底的に調べながらとっていくんです。」と料理長。
さて、道場旬皿の現場に戻って、まずお椀に少量の出汁が注ぎ込まれました。
次に、既に仕込んであるすっぽんを餡にしたタピオカ饅頭がそっとお椀の中央に置かれます。
タピオカは以前はデザートなどに時々使っていました。そして「ある時思いついたんだよ。すっぽんの身をタピオカを餅のようにして包むのを。」やっぱり湧き出る思いつきのひとつでした。
この料理は元総理大臣の中曽根康弘さんもかつて2度3度と注文されたお気に入りの料理だそうです。
タピオカを茹でて水切りして、バットに片栗を拡げそこにそのタピオカを撒くようにします。それを手にとって中心にすっぽんのほぐし身をおいてそっと包み込むようにして饅頭を作ります。以前はバットにタピオカ自体を拡げ、生地を作って包んだりなどもやっていたようですが、この1年ぐらいはこの作り方が定着したようです。
芽葱を横一文字になるように置いて・・・あとは熱々の出汁を注ぎ蓋をするだけ。
この時点で全ての準備が完了です。そう、お客様に驚いていただくための。「お椀には秘めたるものの驚きと美しさが必要なんだ。」蓋をとった瞬間におっと驚いたり、感動してほしいという強い思いを感じます。客の期待を心地よく裏切り更なる感動を呼び起こす。客のこころをしっかりと捉え、自然と虜にしてしまう。そういったセンスが根っから身に付いているのがわかります。見栄えを良くし目で感じる美味しさだけに傾くのではなく、驚いたあとに、なんだかほっとして、だんだん暖かい気持ちになって、そして美味しくて。こうした「料理を楽しむ時間軸」を意識して客と向き合う、道場流の作法のようなものがそこにあるような気がします。このなんとも言えない「心地よさ」が客を虜にしてしまう秘訣なのだなと。
だからこそ、客には見えない厨房で、すっぽんのほぐし身から手探りで小骨を取り除く作業が延々と行われるんですね。もし、最後に小骨が口の中に残ったりしたら、それがどんなに小さな小骨でも、この驚いて感動して楽しんでもらうという演出はいっぺんで台無しです。
よく口にしている「粋に走りすぎない」という言葉の奥深さを実感させられました。これは、「何かをしない」のではなく、圧倒的な知恵と意思で「本当の意味での客へのもてなしをする」という道場マインドとちゃんと繋がっているんですね。
「出汁は脇からそっとだぞ!」「はい!」と素早い一瞬のやり取りが終わるか終わらないかのうちに、静かに御椀に熱々の出汁が張られていきます。
一瞬、お椀の中の見栄えを確認してさっと蓋をして、「ここが手前ですね。」と指示しながらカメラマンにわたしました。蓋を明けるとふわっと湯気が立ち上がり、その向うにはまあるいちょっと不思議な透明感のあるつぶつぶが姿を現します。優しい香り。箸を入れるとまたもいい香りがして、ふわっとしたすっぽんの身が現れます。ああ。味は・・ぜひ一度お試しください。