鰤は春から夏にかけて本州の沿岸を北上して、秋から冬にかけて南下してきます。日本海で発生する冬の雷を「鰤起こし」と呼ぶんですが、地元の漁師は「鰤起こしの雷で逃げ込んでくる鰤を一網打尽にする」と話してくれました。北陸では昔から季節となじんだ大切な魚なんですね。鰤は富山の氷見鰤と能登の能州鰤が有名ですが、今回は能州鰤。昔は献上品だったそうです。そして今年は鰤の当たり年。脂ののった鰤が豊漁だそうです。
道場六三郎が東京に出てきたのは19歳のころ。初めて体験する「活け絞め」といった技や材料の違いなどにとても戸惑ったそうです。たとえば鰤は出世魚。北陸では「つばいそ」「こずくら」「ふくらぎ」「がんど」「ぶり」と呼びますが、関東では「わかし」「いなだ」「わらさ」「ぶり」。きっと厨房で先輩に「わらさ!」と言われて何のことだかまごまごしたんでしょう。全く新しい世界に圧倒されながらも「東京は手強い」と思ったそうです。負けん気の強さは子供の頃から天下一品。
かまを食べ易い大きさに・・・「もうちょっと小さい方がいいな」と身振り手振りでイメージした大きさを宮永料理長に伝えます。
それにしても立派なぶりかまですね。脂がのっているのがわかります。
そして大根も冬が旬の親しみのある食材。この時期の大根は皮までうまいし食感もいい、と皮ごと使います。丁寧に丁寧に手で洗い上げて。こうした仕草を見ていると、食材のことを本当に大切に思っているのだなとつくづく感じます。
大根は適当な長さに切って、縦に4つに割ります。
縦に割った大根を斜めにカットして・・・そういえば以前、ずいぶん昔ですが「このやり方は速く乱切りする方法なんだよ」と教えてくれたのを思い出しました。
圧力釜に昆布と大根と鰤を入れて、合わせ出汁を入れていきます。大根からも水が出るので出汁は入れすぎないように。
【レシピ】今回は 酒3、水3、醤油1、みりん1、砂糖0.5の合わせ出汁で炊きました。
圧力釜に出汁を流し込んでいるところ。その間じっと見つめています。といっても最後の盛りつけをチェックしたり、蕪の煮え具合を確かめたりする時のあの厳しい目とはちょっと違うムード。何か穏やかで懐かしいものを見るような優しいまなざしですね。調理器具はこだわりなく必要に応じてどんどんいいもの新しい物を取り入れています。たとえばガスバーナーで表面を炙る、なんて日本料理はありませんでした。圧力釜も短時間で柔らかく炊き上げることができて仕事が速くなると重宝しています。でも今回の鰤大根と圧力釜の関係はいつもとちょっと違うような。「鰤大根は昔いろりで自在かぎに鉄鍋をかけて、鰤と大根を放り込んでことこと何時間もかけて炊くんだよ。骨まで柔らかくなってね。」圧力鍋ならものの30分。故郷の懐かしい冬の思い出が鍋の中にぎゅっと詰め込まれるのを想像していたのでしょうか。そういえば、先日金沢に初雪が降った日、「ろくちゃんは子供の頃雪が好きでねぇ」と姉・花枝さんが思い出話をしてくれました。
ろくさん亭の圧力釜。ちょっと使い込まれた感じが堂々としています。
器はどっしりとした深めの大皿が選ばれました。こじんまりとではなく、豪快に。家族や仲間がいろりに寄り添って楽しむ感じがいいですね。
圧力釜で30分ほど炊いた鰤大根は別の鍋に移されさらに煮込んで詰めて行きます。荒炊きもそうですが、少しこってり目に詰めて美味しそうな艶のある煮上がりが道場流。美しいし、美味しいし。
そういえばろくさん亭の鯛のあら煮もお客さんに人気の一品ですが、こちらもしっかり艶のある仕上がりで楽しめます。
【銀座ろくさん亭の鯛のあら煮】宮永料理長の調理の様子をご覧いただけます。
煮詰め具合を見つめる目もいつもよりなんだか穏やかな感じがします。
いよいよ盛りつけです。大根をひとつずつ、鰤をひとつずつ。ひとつひとつにきっちりと目をやり、確認するように、語りかけるように丁寧に盛りつけていきます。
いつものことですが、この皿を出されたお客さんの目にどう映るかを想像しながら盛っているに違いありません。きっと冬の北陸、故郷の大切な人たちがうっすら浮かんでいるのではないかな、ってそんな気がしました。
ホクホクと湯気を立てる鰤大根。針生姜と木の芽を添えて。
故郷石川でのだんらん、大切な人たちとの心温まるひとときを味わってほしいというもてなし料理になりました。