鮟肝は冬になると恋しくなるちょっと特別な食材のひとつ。フォアグラもいいけど、鮟肝には優しく包み込むような柔らかさと旨味があって好きだとよく話しています。これは水にさらしてよく血抜きをして、適当な大きさに切った鮟肝。美味しそうというより美しいです。普段食材については○○産の物でないといけない、といったこだわりはあまりなく、その時本当にうまいものを使うのが道場流ですが、こと鮟肝については「国産に限る」らしいです。「少々高いけど、お客に出す以上はいいものが必要。仕方ない。」ちなみに今回は北海道から来た鮟肝で、キロ○万円。宮永料理長も「フォアグラより高いです。」とため息まじりでした。
「どうして日本料理では鮟肝というと塩をあててマキスで巻いて蒸し上げるってやり方をずっとやってるのかねぇ。」これではせっかくの柔らかさや旨味を殺してしまっていると。「そうすると締まりすぎてしまってあまり好きじゃない。僕は柔らかく仕上げるためにそのまま炊くんだよ。」これが食材の本性に耳を傾け、しきたりにとらわれない、自称日本一こだわりのない男。いつもは蒸し炊きにすることが多いそうですが、今日はそのまま出汁でそっとそっと炊くことになりました。
鰹出汁にそっと鮟肝を沈め紙蓋を落とし、沸騰させないよう踊らせないように、そっとそーっと。
炊きあがった鮟肝。ふっくらした感じになってます。これを食べ易い大きさに切って器に並べて茶碗蒸しの具にします。
茶碗蒸しの卵地を流し込んでいるところ。卵地は普通の茶碗蒸しよりも少し固めになるように、卵の量を多くしました。たまご豆腐ぐらいのイメージです。そのほうがスプーンですくったときに柔らかい鮟肝と茶碗蒸しの地が良くなじむようです。そして蒸し器へ入れられ、贅沢な茶碗蒸しになります。
これが今回使われた器。ろくさん亭では「アラジン」と呼ばれています。そんなムードですね。店ではあの周富徳さんをうならせた人気の定番料理「フカヒレ茶碗蒸し」もこの器で出されます。器が二重になっていて、その間にお湯を入れておくことで保温ができる優れものです。そして結構容量が大きいのでボリュームのある料理になります。この日この器にちょっとした汚れがあることに気がつき厨房のスタッフを叱りつける一幕も。「道具を大事にしろ、いつもきれいに掃除しろ」いつもいつも、本当にいつも言っています。
いよいよもう一つの主役、鴨肉の登場です。これは鴨の「抱き身」。いわゆるムネ肉です。時々故郷の北陸では天然の鴨猟が盛んだった話をしてくれますが、これはフランス産でした。皮に針打ちしてあります。
良く熱したグリルパンにジュッといい音をたてて、皮だけ焼いて余分な脂を落とします。ろくさん亭では大人気の道場流ローストビーフを作る時にもこのグリルパンで牛肉の塊がジュッと焼かれるシーンを見ることができるのですが、なんとも食欲がそそられます。
鴨肉を口に入れ易い大きさに薄くそぎ切りし、優しく丁寧に包丁で刃叩きします。無言で一点を見つめて静かにひたすら叩いていますが、頭の中は次の段取りと同時進行している他の料理のアイデアが駆け回っているに違いありません。
丁寧に刃叩きされた鴨肉。なんというかある意味美しいです。
この「鴨と鮟肝の茶碗蒸し」は実は鉄人時代、1995年に有明コロシアムで行われたワールドカップで優勝したとき「鴨」をテーマに披露された料理の進化版です。その時は鮟肝ではなくソテーしたフォアグラを細かくして茶碗蒸しを作り、焼いた鴨を載せ、その上にワインを煮詰めて作ったソースをかけたものでした。今回もワインを煮詰めてソースを途中まで作ったのですが、味見をして突然の一言。「やっぱり和でいこう!」急遽和風出汁のべっ甲餡に変更になりました。「あの時は外国人審査員の好みを想像して作って勝ったんだよ」ということは、今回はその審査員ではなく、魯山人やエリザベス女王に道場流の和の味を楽しんで欲しいという思いだったのでしょうか。
和風に変更したので鴨肉も軽くみりん醤油をからめてグリルパンで両面を焼きます。
この状態で充分うまそうです。と思っていると茶碗蒸しもちゃんと蒸し上がってきました。
蒸し上がった茶碗蒸しに香ばしいいい香りのする鴨肉を並べて行きます。茶碗蒸しの表面にはうっすらあの鮟肝が入っているのが見えます。「味を想像するだけでおいしそう〜!」とギャラリーからため息が漏れてきます。
和風の出汁に葛でとろみをつけたべっ甲餡をかけて完成。
と、思ったのですがさっきの器の汚れがどうも気になる様子。料理、味だけでなく器、見栄え、それから部屋のしつらえや音に至るまで。もてなすということはそういうこと全てに細かく心行き届かせる事なんですね。
スプーンですくうと、ほら。