今回は親しい友人でもあり、食に関わりの深い食人でもある5人のお客様をお招きしてのおもてなし料理。まずは座付として「初もの」をテーマにした料理が用意されました。
3つの料理をひとつの盆にのせ、春の風情を楽しんでいただこうという趣向になりました。
まず一品目。春先に旬を迎える北海道の毛蟹です。
撮影当日、ろくさん亭に到着早々に「おい、蟹はどうした?」と宮永料理長にチェック。前日に浜茹でのものを手配するよう指示していたようです。「浜茹での蟹が手に入らなくて、さっきここで茹でました。」と聞いてちょっとがっかりした様子。
若い衆が身を外しているのをちらっと目にすると、すかさずやって来て、「おいおい、できるだけ身の形を残してくれ。」
今日は表情は穏やかなんですが、厨房の隅々までいつもより細やかな神経が張りつめられているムードが充満。友人でもある食の達人たちをお招きしておもてなしをするという事への意気込みが感じられます。
ひとつひとつの指示は言葉だけではなく、実際にやってみせて、大きさ、形、味、盛りつけ、配置などを具体的に指示していました。
蟹のほぐし身を盛りつけ、生姜汁の入った土佐酢をかけるだけのシンプルな料理です。
だから、ポイントは「初ものをおいしく楽しんでいただく」という想いと、道場らしい「食材選び」、このもてなしの趣向が客人に伝わり響くこと。
昔は流通の事情もよくなく手に入る食材も制限がありましたが、今は早ければ朝水揚げされた食材がその日のうちに届きます。ろくさん亭でも開店以来40年のうちに事情がかわり、今は電話一本で日本中から食材が届きます。
そこでモノを言うのは、日本全国の食材を知っているだけでなく、それにまつわる文化や風習、それにかかわる料理の歴史など豊富な知識と経験。
道場六三郎の頭の中には、長い料理人生活の中で積み重ねてきたいろんなことがあって、それがひも付けされて、道場的日本地図と無数の食材の旬が描かれている感じがします。
そして、今回は親しい友人でもあり、食の達人でもあるお客様のおもてなしですから、何が喜んでもらえるのかを考え、これならこの人たちにわかってもらえる、といった想いも混ざっての食材選び。
初物を楽しんでいただくという一見シンプルに見える趣向の裏には、道場らしい演出と道場ならではの自信があるようです。
大きめに形を残した身と、足先などの細かなほぐし身を丁寧に鉢に盛っていきます。
今回は客人5人と撮影用の6人前を作ります。
「青みに何がいいかなあ」としばし考え、ハマボウフウを手に、葉の部分をちぎって盛りつけました。
そうこうしている間に客人も次々とろくさん亭に到着。厨房は急激にいよいよ始まりだなといった空気になっていきます。
この「毛蟹むしり」は「干子飯蒸し」と「甘藍(かんらん)浅利」といっしょに盆に配置して座附として出されました。
「最初にお出しする料理を食べるお客さん表情を見ることが大切なんですよね。ことばで美味しいですかって聞いてもまずいと答えるひとはいないでしょ。でも表情はうそつかないからな。」
お招きした客人の表情は上々。今回考えた献立や演出でのおもてなしに、手応えを得た最初に一品となりました。